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説得不可能と思えた頑固な高齢実父に免許返納してもらえた方法は事前準備とタイミング!

わが家が頑固ジジイに免許返納させることができた理由

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義理父の免許返納問題で頭を悩ませているやすちん家ですが、 私の実家の父はもう免許の返納を済ませています。

義理父の免許返納で困っている話 高齢ドライバーの事故を防ぐには80歳免許失効&再試験!これしかない!同居家庭で感じた残念な現実

それは実父が74歳の時でした。

こんなふうに話すと、実父はとても思慮深く物分りの良い聡明な人物のような印象を受けるかもしれません。

しかしそれは全くの真逆で、身勝手で絶対に死ぬまで免許なんて返さないだろうなと誰もが思っていた、そんな人間なんです。

実父の人柄の記事 面前DVの被害者だった子どもが母になって感じたこと

そんな実父が、どうして免許を返すことになったのか?

どんな風にして免許を返納させることが出来たのか?

その時の事をお話しします。

 

実父の運転歴は50年以上のゴールド免許

実父は 10代の頃 田舎から都会に出てきて、職人として働き始めました。

現場に出なければいけないという都合からすぐに免許を取り、それ以来ずっと自分の車を所有して運転をしていました。

その後、2回ほど小さな事故を起こしましたが、大きな事故を起こしたことは一度もなく、高齢になってからはスピードも出さず慎重に運転していることもあり、事故を起こすことはありませんでした。

自分でもとっさに動けないということを自覚しているのか、無理をしなくなったようでした。

そのため無事故無違反のゴールド免許保有者で、父はそれが自慢だったのです。

「年の割りに運転が上手い」

そんなことも言っていました。

70歳を過ぎて大きな病気に

そんな実父が、74歳を迎えた頃に病気を患いました。

腎臓や肺などに異常が出る病気で、薬で調整すればなんとか普通の生活ができるのですが、その病気が発覚するまでは、謎の体調不良の日が続きました。

高齢だということもあり、体はどんどん弱り、とうとう3ヶ月もの入院生活を送ることになったのです。

とても荒い性格の父でしたが、長い入院生活で気が弱り、自分に自信をなくし、まるで別人のようになっていました。

もちろん、気持ちの問題だけではなく体も弱り、足腰の筋肉も衰え、歩くことさえままならない状態になりました。

「死」を意識した実父と私たち家族

 本人も何度も死を意識したと言っていましたし、この病気の進行度合いでは、亡くなる方も実際に多いので「死」というものを身近に感じる経験をしたようでした。

 いや、本人だけでなく、私たち家族も「だめかもしれないな」と思っていました。

そこは、過去にいろいろ問題を起こしていた実父なので、そこはただ「悲しい」とか「残念」というだけの感情にはならなかったのですが、やはり身内の死というものは大きな出来事に違いありません。

いつか近い将来にそれはやってくる。

本人を含めた誰もがそう思っていました。

自宅に戻ることになった実父

ところが、病状は徐々に回復し、安定してきたということで、父は自宅に戻ることになりました。

そうなると、実家は母と父の二人暮らしで、足の弱った父の世話をするのは母一人。

腰の悪い母に、とてもじゃないがそれは無理だということで、介護を受けることになりました。

普通なら介護を受けるなんて絶対に拒絶しそうな父でしたが、自分が立つことも歩くこともままならないという現実の状況に、首を縦に振るしかなかったようです。

長くなるのか、案外短く終わるのか。

それはわかりませんでしたが、父のわがままを母が一人で担うことになるのは避けることができました。

そして、自宅に戻るということでもうひとつ心配なことが頭をよぎりました。

そう。車の運転です。

介護を受けることになった父

介護を受けるにあたり、退院するころには担当のケアマネージャーがついてくれることになりました。

初めは完全に拒絶していた父でしたが、その ケアマネージャーの方はさすが高齢者の扱いに慣れていらっしゃるようで、難しい父にもいつしか笑顔が見られるようになってきました。

自宅に戻るにあたり、弱った足腰のための介護ベットの導入や、リハビリのできるデイサービスに通えるように手配してもらうと同時に、父の車のことも相談しました。

父が家に戻ったら、車を運転するかもしれない。そのことが心配だと。

退院して一番不安だったのは車の運転

頭の中は以前のままで、身体能力だけが低下している父を想像して、一番怖かったのは車の運転でした。

自爆するだけならどうなろうとかまいませんが、誰かを巻き込むことにでもなったら悲惨です。

しかし、歩くことが以前より難しくなった父が、自分で運転してどこかへ出かけたくなる日はきっと来るでしょう。

今は手足がまだちゃんと動かないけれど、もう少しましになったらきっとそうなる!

その不安をケアマネージャーさんに相談してみると、やはり少し元気になるとまた車に乗りはじめるパターンがほとんどだということでした。

以前と身体状況が変わってしまっても。です。

リハビリに通い本来の父に戻る予感が

そのケアマネージャーの勧めで、リハビリのできるデイサービスに通うようになった父は、案の定、元気を取り戻してきました。

こうなるとまた元の父の顔が時々覗くようになりました。

わがまま、自分勝手、乱暴。

そして、しばらくやめていた酒をまた飲むようになりました。

腎臓に悪い、塩分の多い食事も平気で取るようになってきました。

自分の体は自分が一番よく分かっている!そんなふうに言って、好き放題生きている父は、ますます元気になってきました。

薬のおかげで肺の息が苦しかった症状も治まり、歩けなかった足も、このままリハビリを続ければ、もっと歩けるようになると医師に言ってもらったと喜んでいます。

 あれ??

私と母は、もしかしたら、このまま父が亡くなるのではないかと考えていましたが、これはどうもそういうわけにはいかないようです。

いや、想定外に長生きするかもしれません。

この時に私が考えたことはこうです。

「このまま元の生活になったらやばい!!」

何度も説得をしたけれど 

もちろんただただ不安でじっとしていたわけではありません。

私、母、ケアマネージャーさんも協力してくださり、説得にあたりました。

しかし父は、言えば言うほど頑なになり、話を聞こうとしなかったり、今はまだその時じゃないと言ったりしました。

実際に体もまだつらく、出かけるのが大変だということは確かにありました。

そういった理由で、もうしばらく様子を見るか。もう少し待てばいいか。と考えていた矢先にこんな出来事が起こりました。

大喧嘩した母が家出 

病気になり体が思い通りにならない父は、母に当たりまくり、そんな父のために環境や生活が変わり、しまいには当たり散らされてストレスが溜まっていた母が、久しぶりの大喧嘩をしてしまったのです。

これまでも 穏やかな家庭ではなく、度々そういうことはありましたが、母が家を出るというレベルのことは、50年近くという長い結婚生活でも2度目の出来事でした。

知り合いの所に身を寄せた母は、一週間経っても帰ってきませんでした。

初めは知らん顔をしていた父も焦り始め、私のところや妹のところ、あらゆるところに電話をして泣きついてきました。

母に戻ってきてほしいと。

しかし以前からうまくいっているとは言えない夫婦関係だったので、これを機会に離婚というのもいいんじゃないかと、娘である私と妹は考えていましたので、私たちは居場所を明かすことはありませんでした。

退院後初めて車に乗り迎えに行った父

私たちが協力的ではないので、自分で何とかしようと動き出した父は、退院後初めて自分の車に乗り、母を探しに行きました。

居ても立ってもいられずに出て行ったようです。

朝出かけて昼には帰ってきたようでしたが、結結局母に会うことはできなかったと電話がかかってきました。

自分の運転が怖かった

その時の話では、自分がどこを走っているのか時々忘れてしまい、そしてやはり以前のように手足がうまく動かなかったようで、自分でもとても恐ろしい思いをしたようでした。

医師から特別に説明はなかったのですが、その頃に処方されていた薬が、頭がぼーっとする成分が入っていたのか、父の体に合わなかったのか、極端に眠くなったり、物忘れがひどくなっていたようなのです。

話していても目線が定まらないようなこともありましたので、どんな運転かは想像できました。

聞いているこちらも恐ろしく、本当に誰かを巻き添えにしなくてよかったと、胸をなで下ろしました。

そして免許返納の話をまた促すと、今度は これまでと違い、近いうちに行くという返事がもらえました。

一緒に行こうかと聞くと、「一人で行きたい」と言うので任せることにしましたが、内心では本当は行かないんじゃないか?逃げるんじゃないか?そんなふうに考えていました。

しかし父は、実際にその3日後ぐらいに免許を返納しに行きました。バスに乗って。

一人で行きたいというのは、父なりに思うところがあったのかもしれません。

その後しばらく経って、母はまた父の元に戻りました。

この高齢毒親の話はまた別の機会に。

孫の交通事故

そしてもう一つきっかけとなる出来事がありました。

母の家出事件とタイミングを同じくして、当時小学2年生だったうちの長男が交通事故にあったのです。

幸いかすり傷程度だったのですが、自転車に乗っている時に出てきた車に横から当てられたのです。

この事故はどちらかと言うと息子の方が 飛び出した部分もあり、自動車側の過失だけではないのですが、我が家にとっては「子どもが車に轢かれた 」という衝撃的な出来事でした。

この出来事も、父の背中を押したのかもしれません。

もしかしたらそのうち自分が、自身の孫のような小さい子どもに怪我をさせてしもうかもしれない。

確認はしていませんが、そんな風に考えたのかもしれません。

最後に

実家の父親の免許返納問題は、このように無事に成し遂げることができました。

しかし、このときの自身の病気と母の家出、そして私の息子の交通事故。

この三つの出来事がなかったら、難しかったのかもしれません。

もしかしたら、父はいまだに車を運転していたかもしれません。

いつでも返納してもらえるように、事前に準備と説得を重ね、後はタイミングを待つ。

もしかしたらこれしかないのかもしれません。

それぞれの家庭にきっと訪れるであろう色んなタイミング。

それを逃さずに動く。

今現在はそんなやり方しかないのかもしれません。

 

免許返納から5年が経ちました。

現在の父は、自分に合った薬のコントロールでかなり元気になっており、自転車に乗れるようになりました。

わりと都会なので、自転車があればスーパーなど大抵の場所へはいけるのです。

そして、もっと遠くへ行く時は、それ以前は全く利用して来なかった電車やバスを利用して出かけています。

不便はあるかもしれませんが、それほど不満を言うこともなく暮らしているようです。

もちろん、返納してしばらくは免許があれば、車があればと言っていたようなのですが、人間どんなことでも慣れるのですね。

 

免許返納もまた、前に進むこと。

私はそんな風に感じています。

 

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