東大生の集団強制わいせつ事件を覚えていますか?
数年前に、東大生が他の大学の女学生に集団でわいせつ行為をされたという事件があった。
当時は、「東大生が」ということで、センセーショナルな扱いを受けていたけれど、すぐに話題にのぼらなくなった。
実は、私も、この本に出会うまでは、すっかり忘れていた事件だったのだけど、本の大まかなストーリーからすぐに
「ああ、あれか」
と思い出した。
多くの方にとって、そういう事件だったのではないだろうか?
しかし、本を読み進めて行くうちに、事件が報道された当時に抱いた印象と、実際に起こった事件のあまりにもかけ離れた内容に
驚き、戸惑い、怒り
といった、様々な感情に突き動かされることになってしまった。
これは、ルポルタージュではない。
しかし、まるでルポを読んでいるかのような錯覚を起こさせる。
どこまでが真実なのか!?
私は、きっとこれが真実の出来事だったように思います。
まずは読んでみてください。
自分が「どんな風に感じるか」を感じてください。
「彼女は頭が悪いから」本の紹介
著者:姫野 カオルコ
発売日:2018年07月20日
文藝春秋
「彼女は頭が悪いから」あらすじ
横浜市郊外のごくふつうの家庭で育ち女子大に進学した神立美咲。
渋谷区広尾の申し分のない環境で育ち、東京大学理科1類に進学した竹内つばさ。
ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。
渦巻く人々の妬み、劣等感、格差意識。そして事件は起こった…。
これは彼女と彼らの、そして私たちの物語である。
「BOOK」データベースより
「彼女は頭が悪いから 」感情的すぎる感想文
冒頭は少しダルい。
甘い、青春小説のような内容がダラダラと続く。
しかし、ここを経ていくことで登場人物ふたりの心情の変化がよくわかるので、がまんして読んでいただきたい。
そして、佳境に入る頃には息もつかせぬ展開になる。
私は目が離せなくなってしまった。
夜寝る前に読み始めて、朝まで読んでしまった。
それは、こういうことだったかもしれない。
男の子の言葉や態度に傷ついていた、少女の頃の私が顔を覗かせるのだ。
私は子どもの頃から背が高く、体格がよかった上に、髪は天然パーマのくせ毛だったので、いじりどころ満載だったのはたしかだったかもしれない。
「デブ」
「ブス」
「デカイ」
「アフロ」
などと、口々にはやし立てられる学校生活でした。
その頃テレビで放送されていたアニメ「ギャートルズ」は見たことがありますか?
個性豊かなキャラクターが売りで、どのキャラもデフォルメされて上手く表現されている。
そのなかでもひときわ目立つ存在だった
「ドテチン」
はご存知だろうか?
ゴリラなのか、大きな猿人が主人公のゴンと常に一緒にいるのだ。
そのドテチンとあだ名された小学5年生の頃のことを今も忘れられないでいる。
みんなにからかわれて、胸が苦しくなった時のことや
また誰かがからかいの言葉を言い出さないかとそわそわしたりしたことを。
40年近くも前のことなのに、あの日々の出来事が、私の自身を失わせて落ち込ませるのだ。
誰かに愛されても、結婚しても、子どもを産んで母になっても、あの日のことは消えない。
主人公の美咲はどうだったのだろう。
少しぽっちゃりしていることろがコンプレックスとはいえ、やさしく素直な彼女は、自分の容姿や立ち位置を素直に認めている。
そんな美咲の控えめな魅力に惹かれた東大生のつばさだったはずなのに、傲慢と虚栄心という魔物にとりつかれてしまった…。
美咲よりも美しく育ちもよい女性があらわれると、とたんに元の女を切り捨てる算段をはじめる男というものがこの世にはいるらしいが、ここにも居た。
ふたりの関係が、徐々にいびつになったのなら気がつきようもあろうが、その心変わりのスピードはすさまじく、美咲はその速さについていけなかったのが不幸のはじまりだったのだ。
ここで終わっていれば、青春期の失恋物語だ。
男が例え卑怯者であったとしても。
美咲はつばさときちんと話をしたい一心で、東大生の男達の集まる場所に入ってしまう。
集団になった男は怖い。
美咲は、男達からひどい言葉をしつこく浴びせられ、ショックのあまり動けなくなる。
さらに性的な屈辱も与えられる。
過激な表現になるので、こちらでは割愛するが、けっして一線を超えはしない。
なぜなら、彼女はそれに値しないからだと両断する。
女として、どうしようもなく魅力がないと蔑まれる。
その中には、かつて自分と愛し愛されたはずの男も混ざっていたのに…。
その後、なんとかうまく逃げることができた彼女を追って町へ飛び出した東大生つばさとその仲間の男達は捕まり、裁かれることに。
しかし、その時の彼らは、まるでこんな態度に見える。
え?
目の前に石が落ちてたから蹴ったんですけど、何か悪かったですか?
石なんかのせいで、蹴った方の足が痛くなっちゃって、ほんと勘弁してほしい。
踏んだり蹴ったりなのはこっちなんですよ?
自分たちは、石ころひとつを蹴るも蹴らないも選択できる立場なのであって、決して自分達は同じ石ではないのだ。
どこまでも、人としての暖かみが見えない。
なんという傲慢さか。
考えはすれ違い、平行線のまま話しは終わってしまう。
男たちは反省しない。
いつまでも石ころを蹴った足が痛いとわめき続ける。
そんな見苦しいまま終わりを迎えるストーリー。
しかし、それは仕方ないのかもしれない。
この胸くそ悪さこそ、現実なのだから。
自分たちには、こういうことをしても許される。
いや、あるいは、その権利があるとさえ感じられる。
それは小学生だった私が、あの男子たちに感じた感覚と同じだ。
そんな風に扱われ続けるとどうなるか?
自分には価値がなく、まったく必要のない人間なのではないか?
だって、こんなにも執拗に言われ続けるのだから。
もしかしたら、ほんとうに根拠があるのじゃないか。
私は自分が感じている以上に不細工で人に不快感を与えているのかもしれない。
そんな風に考えてしまうようになりはしないか?
私は、一時期そうなった。
そんな昔のことを思い出させて、私を眠れなくした作品。
こんな糞みたいな経験を、しているかどうかできっとこの本の評価は変わってくるに違いない。
私の心はざわざわと波立ち、悪い意味で夢中で読み終えてしまった。
そして、胸くそが悪いまま物語は終わる。
モヤモヤと怒りに火を付けたまま。
ここに、この本の価値があるのだと思う。
怒ってよかったのだ。あのときの私は。
すっかり忘れていたけれど、傷つくのが当たり前だったのだ。
そんな風に「あの頃」を追体験させてもらえた。
そして、「今」怒ったことで、傷を見つめたことで、何かが自分の中で変化したような気がするのだ。
「完全にあいつらが悪い」
わからせてくれてありがとう。
主人公、美咲は架空の人物だが、もちろん実際の被害者はいる。
ここまでのことをされた人は、そうあまりいないだろう。
しかし、心はどうだろう?
深く傷つけられた人は、きっとたくさんいる。
この本を読んだ時に感じた痛みは、経験者にしかわからない種類のものだ。
心を一度でもズタズタにされたことがある人に、読んでもらいたい。
きっと、心の中の硬く閉じた蓋が開いてしまうけれど。
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